世界中のあらゆるデジタル機器が突如としてその機能を停止した未曽有の大災害から、いくばくかの時が過ぎた。かつてはホログラムゴーストと呼ばれる都市伝説上の存在であった彼らは、“デジモン”として広く世に知られることとなる。
デジタルワールドという異世界からやってきた彼らの存在を、既存の法や体制で受け入れることは、事実上不可能に近かった。しかし、デジモンの存在を無視してこれまで通りの社会を維持することもまた困難を極めた。人間とデジモンが共存するため、人類は新たな一歩を踏み出す必要があった――
「ただいま」
「おー! おかえり!」
世界は今も、目まぐるしく変わり続けている。その変化の中心にいる天ノ河宙は、あれからずっと忙しい日々を送っている。その日も夜遅くに自室に帰ってきた宙を、“弟”のガンマモンが出迎えた。小さな翼をはためかせ宙のもとへ飛んできたガンマモンは、その手に持っていたものを宙に手渡した。
「手紙、きてたぞ。ラブレターか? って、コタが」
「まさか」
相変わらずの友人の言動に軽く笑いながら、宙は封筒を受け取った。オレンジがかったピンク色から濃いブルーへとグラデーションがかかった色合いが、夕焼けの色を思わせる。表に返して差出人を見ると、と書かれていた。見覚えのない名前だ。さらに、切手が貼られていないのを見てとり、なにか変だなと思う。この手紙は、直接宙の部屋のポストに投函されたということだ。宙は訝しみながら、封筒の中身を開いた。
出てきたのは、封筒と同じ色をした便箋が一枚。そこには、子どもが書いたような拙い字でこう記されていた。
「をたすけて」
手紙に書かれていたのはそれだけだった。連絡先も住所もない。この手紙は本当に、という人物が書いたものなのだろうか。ふと、そんな疑問が浮かぶ。人間の常識に欠けている手紙は、もしや――便箋を持ったまま考え込んでいた宙の手元を、ガンマモンが覗き込んだ。ガンマモンははっと何かに気がついた様子で、便箋のにおいをかいだ。
「ヒロ! これ書いたの、デジモン。デジモンのニオイ、する!」
「やっぱりそうか」
誰ともわからない相手からの手紙ではあったが、「助けて」という文面には無視しがたいものがあった。何か切羽詰まった事情があるのかもしれない。
宙は唯一の手がかりであるという人物について調べようと試みたが、はかばかしい成果は得られなかった。隣で見守っていたガンマモンの瞼が落ちかけてきたのを見て、今日の所は終わりにしようと考える。一応寝る前に、瑠璃と清司郎に謎のデジモンから届いた手紙の件を伝え、という人物に心当たりがないかと尋ねるメッセージを送っておいた。
夜が更け、宙とガンマモンがすっかり寝静まった頃。宙のベッドから、ずるりと白い影が這い出した。ガンマモンの姿をした“それ”は、宙のデスクに置いてあった手紙を見つけ、「ふうん」と黒い眼を細めた。
「ちと、おせっかいが過ぎるんじゃねえか? なぁ、兄貴……」
宙は規則的な寝息を立てている。グルスガンマモンが暗闇に落とした呟きは、とうとう宙の耳に届くことはなかった。
2023/06/22