「ねぇねぇ聞いた? 三組の鈴木くんが、樹莉のこと好きなんだってー!」
またか。そう思って、私は手元の本に熱中しているふりをした。最近五年二組の女子の間では、“恋バナ”が流行っているのだ。男子なんてガサツでうるさくて幼稚な生き物だとしか思えない私からすれば、そんな話の何が面白いのか全然わからない。
「鈴木くんかぁ……あんまり話したことないかも」
でも、樹莉ちゃんはこういう話のときもニコニコ笑って聞いているし、未だにデジモンカードなんかに熱中してるガキっぽい男子の代表格・松田や塩田たちと話しているところもたまに見かける。樹莉ちゃんも他の子みたいに、男子を好きになったりするのかな。鈴木くんは去年おんなじクラスだったけど、足が速くて勉強ができてうるさくなくて、まぁ、男子にしてはいい人だと思う。かわいくて優しい樹莉ちゃんとはお似合いなのかも……。
「樹莉は、つきあうならちゃんみたいな人がいいワン!」
「えっ?」
そんなことをぼんやり考えていたら、突然自分の名前が聞こえてきたので、思わず持っていた本が手から滑り落ちた。
「だって、大人っぽくてクールで、頼りになりそうなんだもん」
「あー! そういうの反則だってば」
樹莉ちゃんが冗談っぽく言うと、他の女の子たちは一斉に笑い声をあげた。彼女たちはそのまま、一組の誰々くんがどうとか、このクラスの男子はどうだとか、そんな話をしながら教室を出ていこうとし始めた。
てっきり樹莉ちゃんも一緒に行くものだと思っていたら、教室を出る直前に樹莉ちゃんだけが一旦立ち止まった。忘れ物かなと思っていたら、樹莉ちゃんの犬のパペットが、私がさっき落とした本をくわえて差し出してきた。
「これ、落としたワン」
「……あ、ありがと」
びっくりして顔を上げた私に、樹莉ちゃんは一瞬だけ微笑みかけると、他の子を追いかけて走り去っていってしまった。
わかってる。樹莉ちゃんはたぶん、鈴木くんのことは特別好きでも嫌いでもなくて、話をはぐらかすために、たまたま近くにいた私の名前を言っただけ。わかってるけど、なんだか胸がドキドキして落ち着かなくて、私はしばらくの間、続きのページをめくるのも忘れて、去り際に見た樹莉ちゃんの笑顔のことだけ考えていた。
2019/03/13