その日私は、日直の仕事で一人教室に残っていた。そこへ瑠璃が現れて、いつもと変わらない様子で明るく声をかけてきた。
「突然なんだけど、。ちょっとあたしと付き合わない?」
「いいよ、これ終わってからでもいい?」
新しくできたお店や何かのイベントとかそういう所に誘われたのかと思って、私は日誌を書きながら軽く返事をした。すると瑠璃は、机の上に両手をついて身を乗り出してきた。思わず日誌を書く手を止めて顔を上げる。瑠璃は長いまつげに縁取られた大きな瞳で、まっすぐ私の目を見て言った。
「そうじゃなくて! あたしの彼女にならない? って意味!」
「え?」
予想外の言葉に、持っていたシャーペンが手から転がり落ちた。
彼女って、彼氏彼女の彼女? 付き合ってる女の人のこと? 瑠璃の彼女になるってことは、瑠璃と私が付き合うってこと? 瑠璃って私のこと好きだったの? それにしてはなんか……ノリ、軽くない?
頭の中が疑問符でいっぱいの私に、瑠璃は意気揚々と説明した。
「あたし、ぴったりを探してこれまで色々やってきたけど、そういえば誰かと恋をしたことってないのよね。誰かと付き合ってみたら、新しい世界が開けるんじゃないかと思って」
「そ、そんな理由で……?」
13年と少しの人生経験しかないけれど、恋ってしようと思ってするものではない気がする。それに、誰かと付き合うって、互いに相手のことが好きだから成り立つ関係なのではないだろうか。
「ていうか、なんで私なの? 瑠璃なら、他校の知り合いとかいるでしょ」
宙くんとか、ひがっちさんとか。私も会ったことのある顔ぶれを思い浮かべながら言うと、「あの二人はそういうのじゃないから」とあっさり一蹴された。
「それに、この前『女子校はつまらん、トキメキが欲しい』って騒いでたじゃない」
「あぁ、そういやそんなこと言ったような……」
共学に通う友達に彼氏ができたという話を聞いて深く考えずに口走った一言を蒸し返され、やや決まりの悪い私をよそに、瑠璃はさも簡単そうに言った。
「じゃ、決まりね。早くそれ終わらせて、一緒に帰りましょ。『放課後デート』ってやつをするのよ」
早く早くと急かされるまま、日誌に「異常なし」とテンプレ通りの文章を書き込んでいく。個人的には異常あるんだけど、突然人生初の彼女ができてしまいました……などとは日誌に書けるわけがなかった。
誰かと付き合うということには私も人並みに憧れがあったはずなんだけど、果たしてこんなのでいいんだろうか。というか、瑠璃は一体どこまで本気なんだろう。足元がふわふわしているような現実感のない状態のまま、日誌を職員室の先生に渡して、学校を出る。
駅までの道を、瑠璃と並んで歩き出す。これまでも瑠璃とは普通に一緒に帰ったり、遊びに行ったりしていた。放課後デートとは言うものの、これって友達と何が違うんだろう。
そう考えていると、突然、柔らかいものが私の左手に触れる感触がした。驚いて手を見ると、瑠璃は繋いだ手を見せびらかすように大きく振り回した。
「だってあたしたち、付き合ってるのよ?」
自慢げに、でもちょっと照れくさそうに微笑んだ瑠璃の、緩くウェーブのかかった髪がふわりと揺れる。付き合うってどういうことなのかまだわからないけど、今この瞬間を共有できるのは、彼女の特権っていうやつではないだろうか。
2023/06/22